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紫色の月光

紫色の月光

第四十六話「昔話」

第四十六話「昔話」




 吹っ飛ばされたソルドレイクは、すぐに起き上がることが出来なかった。いや、最早起き上がる気すら起きなかった。
 殴られて、此処まで清々しい気分になったのは生まれて始めてである。
 それ故に彼は思う。ありがとう、と。

「今なら判るぜェ、奴の本当の強さってのがよォ」

 力だけではない『強さ』を改めて垣間見た気がする。
 それだけで、とても満足な気分になれた。

「頑張って上書きしてみるかねェ。リセットに頼ることなくよォ」

 リセットするという考え自体、もしかしたら甘えだったのかもしれない。
 だとすれば、上書きだ。きっと彼もそういうに違いない。

「くくくっ……!」

 何がおかしいのか、笑いが止まらない。
 しかしこの喉の奥からこみ上げてくる笑いは、彼にとって決して不愉快な物ではなかった。

「何がおかしい」

 だが、真上からこちらを見下ろしてくる『兄』にとっては違った。
 その清々しい笑顔と、何かやりきった笑みは、彼にとって不快その物でしかなかったのだ。

「――――!」

 その兄の瞳を見た瞬間、ソルドレイクは凍りついたかのようにして動けなくなってしまった。
 それは生物としての絶対的感覚。
 蛇に睨まれた蛙そのものでしかない、正に強者が弱者を見下す光景でしかなかった。

「あ。ああっ――――!」

「お、おいどうした!?」

 笑い出したかと思えば突然怯え始めるソルドレイクの姿は、ネルソンから見れば理解不能でしかなかった。
 何故なら、この空間には自分と彼以外には何もないのだから。
 彼が怯える目を向けている先には、ただの天井しか見えない。だが、それはあくまでネルソンの視界からの話だ。
 ソルドレイクの視界には、天井を通して自分を不愉快げに見下ろす『絶対的存在』が見えているのである。

『消えろ』

 直後、真上から放たれた紫電の滝が天井を突き破ってソルドレイクに直撃。
 その常識外れの巨大なエネルギーを受けては、彼の肉体も『骨』すらも分解されてしまう。

(ま、まさか兄貴の野朗――――!?)

 紫電の滝を身体全身に浴びながらも、ソルドレイクは思う。
 兄、バルギルドの思惑について、だ。

(『取り込む』つもりか!? 一度俺たちの最終兵器と分解した後、自分の身体に取り込む気だってのかよォ!?)

 史上最強のドレッド・チルドレン。バルギルド・Z・ベルセリオン。
 彼の最終兵器の力を持ってすれば、不可能はほぼないだろうとソルドレイクは思っている。
 しかし、そこに更に自分たち下の兄弟たちの最終兵器を加えるとなれば。

(邪神ドレッドの再来だ――――! 兄貴は、バルギルドは間違いなく自分自身が邪神になる気だ!)

 彼は最初から父、ドレッドを復活させる気なんてなかったのだ。
 いや、もしかしたら最初はあったのかもしれない。
 だが時が経つうちに、彼は初めて『野心』と言う物を持ち始めたのかもしれない。
 自分自身が邪神になると言う、最初の目的を完全に無視した新しい目的。

 しかしその目的を達したならば?

 自分たちを取り込んだ後は、最終兵器を全て入手した上でその封印を解けば邪神は復活する。
 と、なれば、

(奴は親父と戦うつもりでいるってのかよォ!?)

 未だ見ぬ彼らの父ドレッド。
 しかし、彼の体の『パーツ』一つ一つが自分たちの最終兵器として埋め込まれているのだから、全てを集めた今、彼は邪神に最も近い存在になると言えるだろう。

 しかし所詮は『近い者』でしかない。
 だが、その近い者と言う立ち位置が覆されたのならば。

(奴はもう何も望んじゃいねェ! 自らが邪神となるのなら、親父も邪魔になるだけだ!)

 その先にあるのは、どう考えても彼の望む世界ではない。
 下の兄弟たちが望む世界でも、エリックやネルソンたちが望む物でもなくなる。

 と、なれば出てくる可能性は一つ。
 完全なる、遊び。
 気分で破壊し、気分で根絶やしにし、気分で誰かの人生を滅茶苦茶にし、気分で『何か』を起そうとする。

 だが、バルギルドの気分に全てを任せてしまうのならば。

(終わりだぜェ。全部よォ――――)

 其処まで思考したその時。
 ソルドレイクの全てが、『分解』された。










 ソルドレイクを打ち抜いた紫電の滝は、その場で納まる物ではなかった。
 その真下でマーティオを飲み込み、更に二階のルージュとサイバットを飲み込んだ後、一階で気絶している五朗すら飲み込み、『分解』。
 その存在を全て『取り込んでしまった』のである。

 と、なれば後に行うべき行動は一つ。

(十の最終兵器を全て『破壊する』!)

 先ずは一番厄介な最終兵器、ランスから消そう。
 幸い、仲間のソードとガンは気絶しており、サイズとアローは死亡。ナックルと融合しているネルソンは現状を把握しきっていない。

 父を封印に追いやった最終兵器ランス。コレを先に消しておけば、後先ぐっと有利になれる。
 そう思って攻撃を仕掛けた。
 だが、次の瞬間。

「よう、クソ野朗。色んな借りを返しに来たぜ」

 憎たらしいほどの笑みを浮かべた状態で、ランスの所持者、エリックが呟いた。
 向けられたランスの矛先は、今にもこちらに飛んできそうな迫力さえ感じることが出来る。

「カノンの借り、イシュの借り、マーティオの借り、全部返しに来たぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 吼えた時には既に身体は動いていた。
 二階分の距離をランスのレベル4の助力で楽々飛び越えつつも、エリックは突撃を忘れない。しかも、仕掛けられた攻撃はそのまま飛び越えることで回避しているのだ。

 何故なら、目の前のコイツが憎くて仕方がないからだ。
 早くコイツを殺したい、早くコイツを潰したい、早くコイツを消してしまいたい。

 エリックの頭の中に回るのはそんな言葉ばかりである。
 故に、彼は真っ直ぐに『コイツ』をぶち抜くことしか考えていなかった。

「ふん」

 だが、そんなエリックを見てバルギルドは鼻で笑った。
 
「的にしてくれと言ってるような物だな」

 突っ込んでくるエリックは正しく動かない『点』に等しい。上下左右に動くことがないとしたら、彼にとっては的でしかないのだ。

「!」

 バルギルドの掌に再び紫電が溢れ始める。
 だが、その僅かながらの『チャージにかかるロスタイム』を、エリックは逃さなかった。

「今だ、ぶち抜けええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」

 突き出された矛先は、持ち主の意思に反応して敵の『核』を貫くべく突撃する。
 いかなる距離があろうが、壁があろうが関係ない。其処にどんな障害があろうとも、空間を飛び越えて確実に貫くのである。

 ソレはたとえ最終兵器相手でも例外ではない。
 寧ろ、彼のような最終兵器と同一の人物ならば都合がいい。その方がどちらも迷わずに核を破壊することが出来るからだ。

 だが、しかし。

「!?」

 ランスの矛先がバルギルドの皮膚に命中したと同時、エリックは驚愕の表情に包まれる。
 何故なら、

(貫かない!? 何故だ!?)

 以前のように心に迷いがあったのか。
 いや、今回の敵は一人。どれを貫くのかで迷うことなんて絶対にないはずだ。

「ランスが迷ったんだよ」

 そんなエリックの疑問に答えるように、バルギルドは言う。

「さっきの攻撃が、単純にソルドレイクやマーティオ等を消すためにぶっ放したんだと思ってるのか?」

 俺の最終兵器を教えてやる。
 そういうと、彼は自身の身体を指差す。

「アナザー・リーサルウェポン。最終兵器、リーサル・セル。全てのアナザー・リーサルウェポンの収納場所であり、同時に『元』でもある。そして俺の身体を構築している細胞全てが、リーサルウェポンとして起動しているのさ! 今の俺は、今までの住人全ての最終兵器を取り込んでいると思っていい」

 今、彼の中に眠る最終兵器は六つ。
 ランスの核貫通能力で破壊できるのは一つだけだ。つまり、六つある状態ではバルギルドは倒せない。

「なら!」

 一つずつ潰していくまで。
 今六つ在る最終兵器も、一つずつ潰していけば意味が無い。

 最初に狙うべくは収納場所であるセルだ。バルギルド自身を破壊すれば、収納されている最終兵器も意味の無い物になる。

(だが、奴の身体に既に収納されているのだとすれば奴本体を狙うのは無理だな。現に、さっきもキャンセルされちまったし)

 幸いにも、エリックは収納された最終兵器を殆ど見ている。見ていないのはソルドレイクのボーンだけだ。

(目、血、影、翼、細胞! 最後は無理かもしれないけど、せめて四つは潰させてもらうぜ!)

 そう思って、一つ目をぶち抜こうとバルギルドに襲い掛かった、その時だった。

「馬鹿め。五朗と戦ったのはお前のはずだ」

「!」

 言葉の意味を理解した時は、既に遅かった。
 床から浮かび上がるエリックの『影』が実体化し、エリック本人を縛り上げようと腕を伸ばしてきたのである。

「!」

 しかし次の反応が素早かったのはエリックだった。
 彼は抜群の身体能力を活かし、その場で跳躍。バネのような強力な脚力が生み出したジャンプは間一髪、影からの襲撃を回避することに成功する。

「本当に他の連中の最終兵器まで使えるのか……っ!」

 今のはルージュの扱っていた影、シャドウだ。そして自分の行動を予測しての行動は、恐らくは五朗の目、アイの力だろう。

(未来予知、形ある血液、襲い掛かる影、加速力ある翼、最後の一人はわからんが、そこに全身最終兵器が加わるとなると……!?)

 結論としては、『トンでもない奴』という単語しか思い浮かばなかった。
 だがそれでも倒さなければならない。

(約束したんだ。あいつと約束した! だからやんなきゃならねぇ!)

 しかし、そんな単純な考えはお見通しとでも言わんばかりに、バルギルドは言う。

「お前の友達のマーティオも、今では俺の血肉の一つでしかない。さあ、もう一度お友達とやりあってもらおうか」

 バルギルドの背中から二つの突起物が、肉を突き破らん勢いで突き出てくる。
 直後、肉を突き破って出現した漆黒の翼。大きく、そして雄雄しく広がるこの翼を、エリックは見忘れない。

「このやろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 バルギルドに狙いを定めた矛先。それを放つために踏み出す最初の一歩。
 だが、エリックよりも遥かに早くその一歩を踏み出した存在がいた。

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 身体中ボロボロになっているネルソン・サンダーソンである。
 愛用のボロボロコートは今や影も形も無く、上半身の逞しい筋肉が剥き出しの形になっていた。そしてそれだけに、彼の身体に残るダメージもわかりやすかった。
 最終兵器と融合しているとは言え、その身体はチルドレンに比べてもまだまだ人間だ。
 再生速度は遅いし、ソルドレイク戦で貫かれた肉がギリギリのところで悲鳴を抑えているのが目に見えていた。

「ソルドレイク戦から無茶しすぎじゃないか、警部さん?」

 その様を見て、バルギルドが笑いながら言う。
 しかし、ネルソンは止まらない。

「黙れ! そして食らえ、必殺の――――ネルソン、キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイック!」

 まるで流星の如く襲い掛かるネルソン。突き出された足が指す方向にいるのは、彼が敵意を向けるバルギルドに他ならない。

「ふんっ」

 鼻で笑ったと同時、バルギルドは飛翔。
 巨大な翼を広げ、その身体を宙に浮かばせる。

「んな突撃でウイングが破られる訳ないだろう!?」

 一瞬にしてネルソンの真上に移動。実際は脅威の加速力でネルソンの上空へと突撃しただけだが、それだけでもネルソンを驚かせるには十分すぎた。

 その様を満足そうに見下ろすバルギルド。
 まるで強者が弱者を完全に見下すかのような、そんな笑みを浮かべながら、だ。

「そら!」

 ネルソンの飛び蹴りの上から放たれた紫電の弾丸がネルソンに直撃。
 放った張本人は受けたネルソンのダメージの確認もせずに次のターゲットへと狙いをつける。

 次の標的は自分の更に真上に回りこんできたエリックだ。
 ランスのレベル4の力を使えば確かに空を飛ぶ自分の更に真上に回りこむことくらいは造作も無いだろう。そして、突き出される矛先の向く先は自分の六つの心臓、その中のどれか一つだ。

「先ず一つ!」

 この一撃が決まれば、バルギルドの一手を大きく変える事が出来る。
 最初のターゲットは未来予知のできる目だ。これさえ破壊できれば、こちら側はかなり有利になる。

「甘い!」

 しかし、その行動はやはり『予知』済みであった。
 
「背後に回ったら、その分要注意警報だ!」

 直後、ウイングの巨大な黒翼から無数の骨が突き出て、エリックに襲い掛かってきた。
 思いもよらない攻撃を目の当たりにしたエリックは、思わず後退。
 自分に襲い掛かる無数の骨の迎撃の手が届かない所まで移動するが、

「無駄だ!」

 ウイングの皮を突き破って出現した骨。
 皮を突き破っている以上、『血』が出るのは当たり前だ。

「そら、逃げ場はないぞ」

 骨の凶器の出現の際に飛び出していた血液は、一度外に出たら自分の思うとおりに動いてくれる便利な『下僕』と成り果てる。
 ウイングから溢れ出る血液は、その液体の一つ一つが鋭利な針となってエリックに襲い掛かってくる。

「おいちょっと待て! 幾らなんでも此処までやるのは卑怯だろ!」

 PARでもせめてステータスMAXだぞ、とか叫びながらエリックはランスを構える。やることは一つ、ランスの突風能力を活用して、飛んでくる血の針を全て吹き飛ばすことだ。
 そして同時に、風で少しでもバルギルドにダメージを与えることでもある。

「ぶっ飛ばしてやる!」

 ランスを中心にして集まっていくのは巨大な空気の流れ。
 徐々に勢いを増していきながら、同時に凶暴さを増幅させていっている竜巻である。

「建物ごとぶっ飛びやがれ! このトルネードでなぁっ!」

 問答無用で周囲の壁や床を風力で破壊していく『トルネード』の牙。
 流石のバルギルドもウイングを展開しているとは言え、中々思うようにコントロールが取れない状況だ。

「どうだ、流石にマーティオ取り込んでも、この竜巻の中じゃオメーも思うように動けないだろう!」

 確かに、自分は思うように動けない。
 其処は認めよう。

 だが、決して敗北には繋がらない。
 何故なら、自分には決定的な『切り札』が残っているからだ。
 目でなく、血でなく、影でなく、翼でなく、骨でもなければ自身の最終兵器でもない最後の『切り札』。
 
「こうなったついでだ。貴様等に見せてやる、この俺の最終兵器をな!」

 言い終えたと同時。
 何の前触れも無く、竜巻が止んだ。
 
「!」

 エリックはトルネードに停止命令を出してはいない。
 では何故竜巻は止んだのか?

「何をしやがった!?」

 自分が停止命令を出していないとなれば、第三者の介入があったからに決まっている。
 この場で介入できそうな存在と言えば、目の前にいる『敵』しかいない。
 だが、この敵はエリックの予想だにしなかった言葉を送ってきた。

「言っただろ? 『俺の最終兵器』を見せてやる、と」

「何!? セルだけじゃねぇのか!?」

「そうさ、お前だって五朗のサブマリンを見ただろ。別に俺たちが持つ最終兵器は身体にあるこいつ等だけじゃない」

 自身の胸に親指を突きつけつつ、彼は言った。

「俺はチルドレンの中で最も早く覚醒した存在だ。当然、行動する準備のために必要な代物は全て揃っている。『コイツ』は特に重要な代物でね。何と言っても――――」




 ――――今、俺たちがいるこの場所がそうなのだから。




 その瞬間。
 彼らの空間が『姿を変えた』。














 四階で狂夜が眼が覚めた時には既に『変化』は始まっていた。
 あまりに突然の事に驚いたのもあるが、何より目が覚めた直後というのもあったので、寝ぼけているのではないかと思って目を擦ってしまう始末である。

 先ず、床と天井の色が変色して言ったことだろうか。
 今まで石の作りだったはずの建築物が、まるで一瞬にして金属製になるかのような変化が起きたのである。

(いや、あれはもしや……!)

 床の感触を確かめた狂夜は、一つの可能性を考える。
 
(この塔全体が、一つの『最終兵器』だと言うのか!?)

 この感触、そして感じる『波動』は間違いなく最終兵器のソレと同じ代物だった。
 そして『可能性』は確信へと変わっていく。

「起動せよ、最終兵器、リーサル・タワー!」

 真上から轟くバルギルドの命令。
 その声に反応した狂夜は、自身の考えが間違っていないことを知ったのである。

「くっ、状況はどうなっている!?」

 周囲を見回してみる。
 先ず、天井と床には穴が空いている。位置からして、真上から床と天井を連続して貫かれたのだろう。
 エリックは問題の真上でバルギルドと対峙。
 ネルソンの『波動』も感じることが出来る。この位置だと、エリックの方が近いだろう。

 ネオンは既に死体となって転がっているが、マーティオの姿は無い。
 それどころか、上にいるはずのソルドレイクの波動さえ感じることも出来ない。

(二人はやられたのか!?)

 いや、違う。

 よく見れば、真上にいるバルギルドから生える翼はマーティオのウイングその物だ。ウイングから飛び出す無数の骨も、恐らくはソルドレイクの物に違いないだろう。

「ええい、全員分の最終兵器を取り込んで、尚且つ新たな最終兵器で我等を一気に倒すつもりか……!?」

「ああ、やることはグレイトだな」

 横からかかった声に反応して振り返ると、そこには額から血を流しているフェイトがいた。どうやら自分とほぼ同じタイミング気が付いたようである。

「見たところ、奴は塔の住人を取り込めるだけ取り込んだようだな。確実に倒したはずのサイバットやルージュまで取り込むとは、グレイトととしか言いようがないね」

 言われてみれば確かに、彼からはサイバットとルージュの二人の最終兵器の波動も感じることが出来る。
 だが、そうだとすれば何故使わないのだろうか。
 影で縛った上で残りの最終兵器をフルに使えば、エリックとネルソンを倒すことは造作も無いはずだ。

「恐らく、ではあるが」

 自分と同じ事を考えていたのだろう。
 フェイトは口を開いてから、バルギルドの弱点を呟いた。あくまで自分の『想像』止まりではあるのだが。

「奴は、一度に複数の最終兵器を扱えないのだ。そうでなければ、タワーなんて代物は恐らくグレイトに使う気にはなれないだろう」

「成る程、器用ではあるが、確かに複数の最終兵器を使うのは大分神経を要するでしょう。奴もその分、疲労と苛立ちが積もってくるはず」

 と、なれば問題は一つだ。

「最終兵器、タワーの存在!」

 次の瞬間。
 
 塔全体が地響きをあげつつも、起動し始めた。
 その証拠に、床と天井、壁が大きく『捻じ曲がり始めた』のである。

「いかん、このままでは我等もどうなるかわかったものではない!」

「エリック、私たちをグレイトに回収しろ。一度塔から出るぞ!」

 











 下から声が聞こえた後の行動は早かった。
 迅速な動きで動ける連中を回収した後は、ランスで塔の中から緊急脱出。敵の最終兵器の内部にいると何が起こるかまるで理解出来ない以上、撤退するのは仕方が無いだろう。

 しかし、エリック・サーファイスは今ほど悔しい、と思う時はなかった。

 別に撤退したのが悔しいのではない。
 タワー起動時、バルギルドに攻撃を仕掛けようと思えば何時でも攻撃を仕掛けられたのである。何せ、相手はタワー起動の為に神経を使っていたのだ。今にして思えば、コレほどまでのチャンスは無かっただろう。

 だが、エリックは攻撃を仕掛けることが出来なかった。

 何故か。

 ランスを握るその手が、バルギルドから発せられる『未知のオーラ』の前に怯んでしまったからだ。
 正しく蛇に睨まれた蛙とはこのことである。目の前に倒すべき敵がいるというのに、動けないこの現実に対して、そして自分に対しても此処まで腹を立てたことは無い。

(マーティオが言ってたチャンスってのは、あの事だったのか?)

 本人が消えてしまった今となってはもう確認する術はない。
 その事実が、更に自身への怒りを沸き立たせる。

(俺は、あいつの死を無駄にしちまった……! 馬鹿! 馬鹿野朗! 俺の馬鹿!)

 地に下りた瞬間、やり場の無い怒りをぶつけ始める。
 だが、その行為はすぐに中断せざるを得なくなってしまった。

「止せエリック。今はあのタワーを何とかするのが先決だろう。貴様が思っているのは恐らく此処にいる全員が思っていることだ」

 狂夜が言ったことは正解なのだろう。
 この場にいるのは四人。エリック、狂夜、フェイト、ネルソンだ。彼ら全員が、それぞれ悔しい思いをしているのは、きっと事実だろう。
 表情には出さないが、フェイトはぐっ、と握り拳に力を入れているし、ネルソンは珍しく敵意むき出しで塔を睨んでいる。
 
「貴様の思う気持ちを、全部ぶつけてやれ。その位の勢いでなければ、マーティオたちがあまりにも報われん」

 タワーが本格的な起動を開始し始める。
 最上階には不気味に輝く真紅の眼が二つ。これは人間で言うと顔の部分だろう。
 と、なれば胴体部は最上階より下の階全てになる。だが、最初との違いは其処に『腕』と『翼』が生えていることだった。

(あの翼は――――っ!)

 見間違うはずが無い。
 タワーから生える巨大な黒の双翼はマーティオのウイングその物である。デザインもそのままだし、何よりも翼部から発せられる波動が同じ代物だからだ。

(と、なれば腕の方は……)

 人間の腕に例えるなら、その腕は膝にまで届く長さだ。人間というより、寧ろオラウータンと言ったほうがいいかもしれない。
 だが、タワーの胴体は塔全体であり、下半身と言える部分は浮遊している島である。
 当然、地面に着いてしまう形となるのだが、なまじタワー自体が巨大なために腕がどうしても力強く見えてしまう。

「ウイングがあるってことは?」

「恐らく、あの手は主にソルドレイクの骨、もしくはサイバットの血液、バルギルド本人の最終兵器が起動するのだろう」

 そして最上階で光る目は五朗の目。
 影はあまりにも巨体過ぎるタワーのお陰で、こちらの影がタワーの影に上乗せされている形となっているが、

(この浮遊大陸の足場がタワーの影で埋もれてやがる!)

 今のエリックたちはタワーの影と言う名の『海』の上に立っていると言っても過言ではない。
 つまり、何処からでも攻撃される位置にいると言ってもいい。

「チルドレンの最終兵器を全部使える、巨大最終兵器ってトコか……」

『その通り』

 エリックの言葉を肯定したその声は、バルギルドのものに他ならない。
 その声に最も早く反応したのはネルソンである。
 
「やい貴様! イキナリ何のつもりだ。タワーだがシャワーだが知らんが、こんなでっかい代物出してきやがって!」

 ネルソンが言う事に珍しく頷く他の三人。
 
「確かにな。やるなら最初から出せばよかったはずだ」

『そういわれたら確かにその通りだと言わざるを得ないな。しかし、生憎俺がこの行動を起そうと考えたのは『ついさっき』なんだ」

「なんだと……!」

 ついさっき、という事は今まで行動してた時には、タワーの起動、アナザー・リーサルウェポンの取り込みは予定にはなかったというのか。

『所謂『突然の思いつき』って奴だ。神の気まぐれとでも思っていい』

 バルギルドが言ったその言葉に真っ先に反応したのは、エリックだった。

「なぁーにが神の気まぐれだこの野朗! 邪神ドレッドに作られた存在ってだけで、貴様自身が神様な訳ねーだろうが!」

 後ろの三人は続けざまに『そうだそうだ』、とブーイングをかましてくる。
 だが、バルギルドには想定の範囲内の回答だった。

『確かに、俺はその昔、ドレッドが最終兵器に封じ込められる寸前に作り出された存在だ』

 だが知っているか。

『俺は、ある意味では最も『邪神』よりも上にいる男なのだ。何故ならば、父であるドレッドはある事で『俺たちを生み出した』からな』

「あることだと?」

『そうだ』

 例えば、人間は父親に当たる人物と母親に当たる人物によって新たな生命――――つまり子供が出来る。
 それならば、

『ドレッドに俺たちを作る元になった代物のデータを提供した。いや、された存在があった。ソレが何かわかるか?』

 問いかけられた疑問に、エリックたちは答えられない。
 いや、フェイトは違った。
 彼女はその言葉が何を意味するのかを、薄々ではあるが真っ先に理解し始めたからだ。

「ま、まさか……お前等から最終兵器とグレイトに似ている『波動』を放っているのは……っ!」

「!!!!!!!!?」

 その言葉を聞いたその瞬間、エリックと狂夜も『理解』した。バルギルドが何を言いたいのか、を。
 だが、ネルソンだけは話についていけない状態だった。

「ど、どういうことだ!?」

『判ってない奴がいるな。折角だから俺が昔話をしてやろう』











 


 古代都市リレイアが邪神ドレッドとの戦いで兵力を殆ど使い果たした時、『その提案』は出来た。
 内容はズバリ、倒すことが出来ないのなら封印、もしくは撤退させればいい、という提案の下に生まれたプロジェクト『最終兵器』である。
 それぞれがリレイアの技術をフルに活用して生まれた最終兵器は、単体でも十分に強力な代物として誕生したが、共通した能力があった。

 それは、10の最終兵器が揃うことで一つの『箱』としての機能を発揮するという物であった。
 しかも自動ロック式で、再び開ける方法は『鍵』である最終兵器の破壊のみという、一種の『封印』道具だった。

 結果としては最終兵器のこの効果は成功に終わるわけだが、実は此処で幾つかの『知られざる行動』が行われていたのである。

 最終兵器に封印される直前、邪神ドレッドは自らを追い詰めた最終兵器という代物に興味を示し始めたのである。
 数で勝っていたとは言え、一つ一つが持つ強力な能力はドレッドの興味を引くには十分すぎたのだ。
 しかし今は自分が正にその最終兵器に封印される瞬間だった。このままただ何もせずに封印されるのは、ドレッドのプライドにかけても許せなかったし、何より『アレを自分が手に入れたら』と言う想像が止まらなかった。

 故に、封印される直前。
 ドレッドの見えざる魔手は一番近くにいた最終兵器――――サイズに迫ったのである。

 見えない魔手は封印されるよりも早く、構造そのものを通り越して『持ち主』にまで侵食していき、その『主導権』を奪い、生きた人形と化させてしまったのである。
 つまり、ドレッドは封印される直前に、『代理の自分』を残していたのだ。
 当時のサイズの所持者、ガラリオ・V・ベルセリオンの脳と身体、そして最終兵器を奪うことによって、だ。

 後は、封印された後にゆっくりと、そして同時にひっそりと人間――――ガラリオとしてドレッドは生きてきた。
 封印されたためか力は大幅に弱まってしまい、『知識』以外の部分は全てガラリオと同じになってしまったが、それだけで十分だったのだ。

 何故なら、知識さえあれば自分が新しい最終兵器を用意することが出来るからだ。
 幸い、手元に『サンプル』はあった。後は自分の知識を使えば目的を達することが出来る。
 人間に作ることが出来たのだから、自分が出来ないことはない。何年かかろうと、必ず『封印』から出てくるために『使者』を作り出して見せよう。

 『ガラリオ』には限界があるのだから――――















『実の話、ガラリオ・V・ベルセリオンはつい最近まで生きていたのだ。マーティオの前の最終兵器、サイズの持ち主としてな』

 だが、幾ら邪神の知識や古代都市の技術で生き長らえた身体にも限界はあった。
 相澤・猛をも打ち倒せた肉体だったが、限界が見えた身体は絶えず悲鳴をあげ続け、最終的には死に至ったのである。そして同時に、持ち主を失ったサイズは故郷へと帰っていった。

『しかし、それだけの長い年月があれば俺たちチルドレンが生まれるのは十分すぎた。サイズと言う『サンプル』が手元にあったわけだからな。造るのは彼にとっては容易すぎた』

 後はそのチルドレンが成熟して、最終兵器として機能するまでの間、安全に暮らさせればいい。
 それ故、チルドレンは『人間の子』として生活することを強いられた。

『途中、ソルドレイクやマーティオのように不安定な存在になることもあった。しかし、彼らも『キッカケ』を経ることで多少は使い物になるようにはなった…………と、思ったんだがな』

「御託はいい!」

 其処まで話をして、途中遮ったのはキッカケを作ったネルソンだった。

「いいか、この際はっきり言おう。俺は今の話、1割も理解できなければ理解する気もない!」

「いや、あんたキッカケ作っといてそりゃあねーだろ」

 思わずエリックが突っ込みを入れるが、本人は聞いちゃいなかった。

「俺の頭の中にあんのは、貴様への憎しみのみだ。どうやら、今の俺は人の話を冷静に聞けるだけの『余裕』がないらしい」

「その意見は我も同意だ」

 前に一歩踏み出したのは狂夜である。
 
「結論としては唯一つ、奴を倒すということ」

「その通り。私たちはグレイトにお前を倒さにゃあならん」

 先輩の言うとおりだぜ、とエリックは前に出る。
 その矛先は、タワーの脳天。最上階へと向けられている。

「マーティオと約束したんだ。俺は友達との約束だけは、絶対に裏切らない。裏切りたくないっ!」

『ならば、俺とタワー。『新しい邪神』を倒してみるがいい』

 もう最終兵器が全て揃うことはない。イシュの幹部が持っていた最終兵器は全て所持者がおらず、アローは死亡。サイズとクローもマーティオが消えて所持者がいない。
 ならばバルギルドが恐れるものは何もない。

『半分以上の最終兵器が使い物にならない今、俺に恐れるものはない! ファングの吸血、ガンの重力操作、ナックルの破壊力、ランスの核破壊! 全てに対処する準備は出来ている! そして貴様等を倒した上で、この俺が本当に神となり、ドレッドの力を真に手に入れる! 最終兵器とドレッドの知識が合わさった究極の存在になる!』

「うるせぇ! 用意が出来てるが何だろうが屁だろうが、今の俺たちがそう簡単にくたばると思うんじゃねぇぞ!」

 直後、四人は一斉に動き出した。
 目指す標的は二つ。

 最終兵器タワーとバルギルドである。














 続く






次回予告



ジョン「いやー、自分もう何だかんだで出番ないんですねー。リーサル序盤からのレギュラー、一般人代表として頑張ったのにこの仕打ち…………グレちゃおうかな」

ソルドレイク「流石のオメーもグレるみてェだなァ」

マーティオ「よーし、じゃあ次回は頑張るエリックたちのためにエールを送るとしよう。はい、三三七拍子ー!」

ソルドレイク「おいおい、テメー。折角影で次回予告コーナー出てるんだから、時間を有効に使いやがれェ」

マーティオ「ウルセーお兄ちゃん。今までこの影のコーナーでまともに次回予告った気はあんましねーぞ。そして俺様はまた出る」

ジョン「え!? マジすか!?」

マーティオ「おーよ、この空気ならば俺たちリーサル影組は後ろから応援団として太鼓叩いとくのが吉だ。今まで出て来た連中の分も、あいつ等にはきっちり戦ってもらわんと困る」

ジョン「次回、『友達が出来ました』。いやー、信頼出来る仲間っていいですよねー……って、どうしたのソルドレイク?」

ソルドレイク「おいマーティオ、もう一度お兄ちゃんと呼べ」

マーティオ「……お兄ちゃん」

ソルドレイク「ワンモアセッ」

マーティオ「…………」

ジョン「…………」







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